励起状態における振動の選択観測(F中心)

結晶の中に不純物イオンがあったり、イオンが抜けた穴があったり(これらを欠陥という)すると、そこで光吸収や発光が起こる。その典型的な例が、アルカリハライド中のハロゲンイオンが一個抜けたF中心である。ハロゲンイオンが抜けると負の電荷が不足するので、そこにイオンの代わりに電子がトラップされ、KBrでは青色、NaClでは黄色に着色する。このような欠陥につかまった電子は結晶格子と強く相互作用するので、励起された電子のエネルギーが格子にどう伝わるか、それによって格子がどのような運動を起こすかを調べる格好の材料である。図1に示すように、電子を基底状態から光励起によって励起状態へ遷移させると周りのイオンの平衡位置が変わるので、格子はQ2の軸に沿って変形を始める。つまり波束はこのスロープに沿って滑り出し、もし減衰が小さければ何度も往復運動をすることになる。実際、図2のような発光強度の振動が観測される。これをフーリエ変換してスペクトルを求めると図3(c)が得られる。2.6THzと4.8THzに振動があることがわかる。ここで注目すべき点は、過渡吸収の時間波形の解析から求めた図3(a)のスペクトル(Nisoli et al.)や図3(b)の共鳴ラマンスペクトル(Pan et al.)とは全く異なるということである。これは手法によって見えるものが異なるということを示している。この例の場合、過渡吸収で見えていたのは基底状態の振動、発光で見えたのは励起状態での振動と解釈される。基底状態では局在した振動モードと結合するのに対して、励起状態では電子の波動関数が空間的に広がっているので、LO(縦波音響型)やLA(縦波光学型)と言ったバルクのフォノンとの結合が強くなるのである。この例が示すように、励起状態における波束運動のプローブとしては発光の手法が有効であることがわかる。
詳しくはT. Koyama, Y. Takahasi, M. Nakajima and T. Suemoto, Phys. Rev. B 73 161102 (2006) を参照.

図1 F中心の模式図と断熱ポテンシャルQ1,Q2は格子の変形を表す配位座標。基底状態と励起状態で横軸が異なっていることに注意。
図2 KBrのF中心発光の1.1eVにおける発光強度の時間波形(上)と、そのウェーブレット変換(下)。
図3 観測されたフォノンスペクトル。(a)過渡吸収(M.Nisoli et al.),
(b)共鳴ラマンスペクトル(D.S.Pan et al.)。(c)発光、(d)フォノンの状態密度。